重松 清著
ラジオから流れてきた経済解説の中で、推薦していた本。妻が不倫をして、子供は中学受験に失敗し、自分はリストラされて、どん底の人生にいる主人公。免許とって初回のドライブに車線をはみ出して追突事故を起こし、死んでしまった親子が案内人となり、主人公の岐路となるところへ戻っていく。現実は変わらないが、その時、どういう状況だったのかを見せてくれる。そこに現実世界で死にそうになっている父親が、自分と同じ歳になって現れる。そのやり直しの世界の中では朋輩となり、助けてくれる。
一つ目は、妻の不倫の場面。実はテレクラで不特定多数を相手にしていることを知る。そこで、妻を止める言葉は、見つからない。
二つ目は、息子の受験が迫る中、模試の結果が芳しくなく、やめたいと言った時に励ますシーン。同じ年になった父と共に、息子の話を聞く。「受験をやめてもいいぞ」と言っても、息子は受験をさせてくれという。現実であった落ち込む場面にはならなかったが、受験をやめるところまではいかない。
三つ目は、会社の取引先の会長が亡くなり、葬式から帰るシーン。この日を境に自社の大口取引が見直されてしまい、自分にリストラが降りかかる。このシーンで、現実では会社に戻るが、やり直しの世界では、同じ年の父親の手引きで公園へ行く。そこで、パチンコで石をペットボトルに当てて、ストレスを発散している息子を見かける。実は中学からいじめられていた訳ではなく、小学校の時からいじめが始まっていて、それを回避するために中学受験を成功させようとしていたことに気づく。息子は、中学受験の失敗によって引きこもりになった訳ではなく、それはきっかけの一つに過ぎなかった。
家に戻り、妻にも現状を問いただす。「実は不倫していることを知っているんだ」と。しかし、取り乱すことなく、妻は事実を話す。それを主人公が聞く。どうしようもない事実を前に、どうすればよかったのか答えは出ない。
三つの世界を回り、「主人公は現実に戻りたいか」を問われる。戻っても現状は変わらない。でも事情を知ってしまった中で、もう一度生きていこうとする力が出るのか。同じ年の父親と対話する中で、父が大嫌いだった自分と、自分の息子が向ける眼差しの先にいる自分を照らし合わせて、問いかけていく。
わだかまりが消えていく。人には事情があること。それぞれの想いがぶつかること。ついたり離れたりして、関係性を深めていくこと。身内だからこそ、信頼しているからこそ、負の感情を含めて、あらわにされること。それを受け止めて前に進むこと。これらを気づかしてくれる小説である。