角田光代 著作
あなたも私も、それぞれ才能を持って生きている。それぞれに、役割をこなして生きている。それでいいんだ、というメッセージを送ってくれる。フィクションなんだけど、時代の出来事と合っている。社会の方向と、人がそれぞれ考えていることを語ってくれる。それを客観的に考えさせてくれる。
主人公のみのりは、地方から東京へ上京してくる飛行機で感じた、飛び立つ高揚感を忘れない。それから、数年経ち、実家に帰る機会がある度に、その時の高揚感と現状を比較している。自分が誰かを助けられると思って、やはりできなかった傷心を抱えて実家に帰った時も、その時の高揚感と比較している。あの時の自分はもういないが、あの時の自分がいるから、今があることを知る。
みのりは、大学でボランティアサークルへ入る。ネパールの子供達に、小学校を建てる活動にへ旅立つ。その時に、友達の玲子が気づく。ネパールの子も非日常を楽しんでいて、この状態を楽しまないと損だと思っている。だから、些細なことで笑ってくれる。ボランティアとしてくる人も、そこにいる人も、その場では非日常であることは同じだ。その場を全力で楽しもうとしている。ただそれだけ。そこに違いはない。ネパールの子供たちも、日本の若者も地続きで繋がっている。今を生きている。
玲子は、自分の進路を他人の勧めや、憧れの人の意見をそのまま聞いて決めている。そして行動に移してしまう。行動に移すことが凄いのだが、本人は意識していない。中東で武装勢力に捕まり、解放されて日本に帰ってきた時、バッシングされた。それで、人生に迷っている時に、インドの電車事故で亡くなった、ムーミンの声を聞く。「その自称っていうのを何とかしてくださいよ。周りから何も言われたい実績を上げてから、迷ってくださいよ」この声で、迷いを吹っ切って、自分の道を歩み続ける。
先輩の市子は、フェアトレード製品を扱うことを会社に提案したが、拒否されてしまった。そこで、進路に迷っていた時、ムーミンの声を聞く。「フェアトレード製品を扱わないダサい会社なんてやめて、自分の会社を立ち上げればいいじゃないですか。」声色もそっくりに、みのりに対して、話していた。死んでしまった友達が、自分の背中を押してあげる。そんな心震える出来事があった。
そしてみのりは、自分のところにはムーミンは来ないだろうと思っていた。だがある日、声を聞く。「いつまでくよくよしてるんですか。やりたいことやればいいんですよ。」すぐには行動に移せなかった。でも、確かな爪痕を心に残して、決断を後押ししてくれた。
自分は今ある立場で生きている。それと今世界で起きている出来事は、遠いけれども地続きだ。だから、その事に無関心ではいられない。でも助けることはできない。手を差し伸べていると思っていて、実は余計なことをしているかもしれない。それでも、自分の使命だと思っていることをやり遂げる。迷って、悲しんで、懐かしんで、辛くても、自分の立場で生きていく。その関係性を客観的に見せてくれる作品である。
終盤に戦争で片足を失ったおじいさんが、戦前は、高跳びの有力選手だったことを知る。義足の練習会で走れたことに興奮して、7歳の少女に強烈な印象をもたらす。その少女は、後にパラリンピックの高跳びの選手となる。おじさんは、その少女を勇気づけていた。手紙をもらうだけで、返事を書いていないが、ずっと彼女の心の中で応援していた。彼女に宛てた、唯一の手紙の内容が、そのことを物語る。「とべ とべ たかく たかく」